個人的な映画の感想「愛のコリーダ」
こんにちは。
雨予報で沈んでいましたが、晴れていて嬉しいそんな日です。こういう日は、maroon5のSunday Morningでも聴きたくなります。(実際はAlicia KeysのUnderdogをかけながら、昨年のラグビーワールドカップの3位決定戦を観ているというカオスな状況です。)
早速ですが今日も映画の感想というか、ど素人目線で思ったことを書いていきます。
大学生のときにある本を購入しまして、それきっかけで「愛のコリーダ」という映画を認知したのですが、なんとなく観たいような観たくないような、、、果たしてこれは女子がみてもいいのだろうか(普通の女子大学生だったので)と思っていたわけです。念のため地元の某大手レンタルビデオ店で探してみたのですがなくて、よし、観るのやめよう!と当時はあっさり諦め?ました。
数年後、時代は変わりますね、まさかNetflixにあるなんて。おそらく今観なければ私は一生観ないぞ、これも一つの勉強だ!観てみよう!という経緯で観ました。数年越しの「愛のコリーダ」。
なんだこの作品?!というのが観終わったあとに率直に思った感想です。
もう少し書くと、直視できない・・・最後のシーン、リアルに目を両手で覆って隙間をうっすら作って悲鳴をあげておりました。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、この作品8割がたそういうシーンでして…。
偏見かもしれませんが、こういう作品って大島渚監督じゃないと撮れないんじゃないか?!とそんなに監督のことなんて知らないので知ったかぶりしていますが、現代の有名な監督ではなかなか撮るのに根気がいりそうというか作品撮り自体難しそう(そもそも構想の段階で却下されそう)。
定の吉蔵が好きで好きでたまらない、それが痛いほどよく伝わってくるのですが、吉蔵も罪な男だな。一人の女性をこんな気持ちにさせるなんて。
お互い愛が深まっていくのはわかりましたが、おっとそういう愛情表現もあるのかい?そんなに好きなのに他の女の人にさせてしまうのかい?と。個人的には、卵のシーンが衝撃的でした。。。
まぁ最後のシーンが1番衝撃的なわけですが。。好きで好きで仕方なかった、その愛がああいった形を迎える。なかなか現実では考えられないですが、この映画が実話というのがさらに私に衝撃を与えました。
愛が導く方向、十人十色。全部が正解で正解じゃない、なかなか一言では言い表せないなぁと、そんなふうに考えにさせられました。
2度目の鑑賞はあるのかないのか、あるとしてもまた観るのに少し時間がかかるかもしれません。
さてと、書いていたらワールドカップの再放送もそろそろ終わり(all blacksが表彰されているところ)を迎えようとしているので、こちらも終わろうと思います。
ありがとうございました。
blogの中の人より